明治20年創業
桜間見屋
おうまみや
歴史のある暖簾は重い。毎日、必死です。
小さくてころころと丸い素朴な飴玉。一つ頬張ると、ニッキの豊かな香りがスッと鼻に抜け、ほんのりとした辛み、優しい甘みが口の中に広がる。明治20年の創業から変わらない、『桜間見屋』の「肉桂玉(にっけいだま)」。時代を越えて愛されるこの飴玉は、代々、変わらない素材と製法で受け継がれてきた。
材料は白双糖(はくざらとう)、水飴、肉桂オイルなど極めてシンプル。だからこそその質が重要だ。中でも特にこだわるのが白双糖。結晶が大きいため溶かすのに時間がかかるが、食べた後にくどさが残らないさらりとした甘さは、白双糖でしか出すことができない。
「今でも製造する工程のほとんどが手作業です。時間と手間をかけても、この味を変えたくない」と6代目の田口大介さん。もう一人の職人とともに毎日、早朝6時半から夕方まで、休む間も惜しんで製造の一連の工程を6~7回繰り返す。飴を煮上げるのに最適な温度は時季によって変わり、それを判断するのは受け継がれてきた職人の感覚が頼みだ。高温で熱する窯の窓を覗き込み、気泡の立ち方で見極める。
「今でも製造する工程のほとんどが手作業です。時間と手間をかけても、この味を変えたくない」と6代目の田口大介さん。もう一人の職人とともに毎日、早朝6時半から夕方まで、休む間も惜しんで製造の一連の工程を6~7回繰り返す。飴を煮上げるのに最適な温度は時季によって変わり、それを判断するのは受け継がれてきた職人の感覚が頼みだ。高温で熱する窯の窓を覗き込み、気泡の立ち方で見極める。
もともと肉桂玉は、郡上八幡城の城下町であるこの場所で、大介さんの遠縁にあたる親戚が「大間見屋」の屋号を掲げて作り始めたものだった。代替わりする中で経営の舵は、「桜陽館」という宿を営んでいた大介さんの祖父・憲信さんの手に渡る。憲信さんは屋号を「桜間見屋」と改名し、商いを続けた。そうして大介さんの代まで継がれ、肉桂玉は郡上土産の定番とされるまで広く親まれるようになった。
「初めは継ぐつもりがなかったんです」と大介さん。「でもやっぱり、歴史ある暖簾は重い。途絶えさせるわけにはいかないんですよ」。高校を卒業して2年半、高山の和菓子屋「音羽屋」で修業を積み、20歳で店に入ってからはひたすら肉桂玉を作ってきた。商売は安定している。それは、観光客だけでなく、長年の馴染み客が買いに来てくれるおかげだ。だから“変えない”。小さな一粒に、この店の歴史が詰まっている。
基本情報
住所 | 郡上市八幡町本町862 |
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TEL | 0120-054-131 |
営業時間 | 8:30~19:30 |
定休日 | 水曜 ※7・8月は無休 |
URL | http://ohmamiya.com/ |
掲載した情報は2018年12月11日時点のものです。